12月 2009
86件の投稿
タッセル(房)の作り方 →
やたらとたのしそう
「自分の得意なことを、得意じゃない人と比べるな」って怒られたことがあって、それはすごく自分のなかに残ってる。
– Twitter / Phonda (via furudanuki)
わけがわからなくなってからが本番です。
– numbness&tingling (via furudanuki)
「で働く社長のブログ」でGoogle検索すると何ヶ月も前に更新が止まってる社長のブログがわらわらと出てきて、昔のログに「いいですか皆さん、継続こそ力なりですよ!!...
– Twitter / うさ山 (via rpm99) (via kml) (via gkojax) (via yaruo) (via petapeta) (via ssbt) (via n13i) (via inhouseneet) (via otsune) (via motomocomo) (via kogure) (via toukubo) (via proto-jp)
ジャンプスクエア[カッコカワイイ宣言!]地獄のミサワ →
スクエア、冒険したな!w
AVRIL →
本店は京都。東京吉祥寺にも店舗あり。最近好きで好きでたまらない毛糸屋さん。
いわゆる「悲しいコード」というものは本物には存在しません。本当に面白いのは、なぜその音を悲しいと感じるのか?という疑問そのものなのです。
– ジム・オルーク
『ユリイカ 総特集大友良英』p.26
(via atosakav)
(via wrong-hare)
(via railroad23)
(via nanospectives) (via rl8-1)
strast:
seepassyouagain:
明確に意識しだしたのは大学生くらいからだけれど、私の頭の中には、一緒に食事をとっている人が唐突にいなくなるというイメージが強くこびりついている。
テーブルをはさんで向かいあって、ごくふつうに食事をしている。途中で相手が、ちょっと、と席を立つ。食事は途中で、いかにも化粧室に立ったようなそぶりだ。 そうして二度と戻ってこない。
原因になりそうな経験はとくにしていないんだけれど、どうしてかこのイメージはずっとどこかに保持されている。 人と食事をしていると、時折、五分先の未来を予測しているかのように、そのイメージが頭の中に展開される。周囲の音が少しだけ遠ざかり、視界がなんとなく平坦になるような、心許ない感じがする。不穏でありながらふわりと浮きたつような、特有の心もちになる。
...